本紹介⑨日本人の勝算
今回の本紹介は、『日本人の勝算:人口減少×高齢化×資本主義』です。
2019年1月11日発売、著者はデービット・アトキンソンです。
最近、この名前を目にする機会が増えたと思います。
まず私は、2020年早々にこの本を読みました。
知らなかったデータや、日本に対する新たな切り口を見られた、とても良い本だと思いました。
その印象は、読み直しをした今も変わっておりません。
しかしながら、菅首相が就任した際に「菅首相はデービット・アトキンソンを信奉しているので、中小企業を潰す気だ」という論調のニュースが飛び交いました。
正直、目を疑った記憶があります。
そのような論調が、本から全く読み取れなかったからです。
私の読解力の無さなのか、他の本ではっきりとそのような論調で書かれている部分があるのか、もしくは本からは読み取れない著者の人格的なものがあるのかどうか知りませんが、結論としては私は全ての人が読むべき良書だという認識です。
とりあえず、「結果的に中小企業の数は減る」とは書いてありました。
「日本の生産性が低いのは中小企業のせいだから、中小企業を減らそう」ということは一切書いてません。
「このままだと日本は極めて危険、なぜならこういうデータがあるから。だからこうしよう」という論調で進み、非常に合理的なものです。
印象操作で読まないという選択をするのではなく、まず読んでから判断するようにしましょう。
kindleで読み放題になっています。
では、詳細に見ていきましょう。
他の本紹介にご興味のある方は「まとめ記事」を参考にしてください
目次
1.まずは日本の現状を知る
まずは、日本の現状をまとめます。
日本の現状
- 少子高齢化と人口減少問題を同時に考えなくてはいけない唯一の先進国
- 「人口増加要因」と「生産性向上要因」の経済成長があるが、日本の経済成長は「生産性向上」しかない
- 日本のGDPが高いのはアメリカに次ぐ先進国2位の人口の多さが要因であった
- 日本の生産性は非常に低い
まず、高齢化については多くの国にとって共通の問題であり、多くの研究が行われております。
一方、人口減少については、減少傾向となる国はあるものの、日本はその中でも異常な減少率となる唯一の国です。
そのため、人口減少に関する研究はほとんど行われておりません。
日本が唯一のモデルケースとして今後モニタリングされるわけですね。
ただ、このままいくと日本は三流先進国どころか途上国にまで落ち込むことが予想されます。
その理由が、GDP=人口×生産性 で示されるのですが、日本は人口が減少し生産性も低いので、必然的にそうなるというものです。
これは、納得性が高いですよね。
経済成長要因には、人口増加と生産性向上の2つの要因があり、ほとんどの国が人口増加の恩恵を受けられます。
アメリカもまだ人口増加傾向にあり、その恩恵を受けております。
これまで日本の経済成長を支えたのは、戦後の大幅な人口増加と、安い労働力をフル稼働させてモノを売ったことです。
ただ、ついに日本は人口減少フェーズに入り、生産性を向上させなければ現状のGDPを維持することができなくなるが、異常なまでに生産性が低い状況です。
では、どのようにして生産性を向上させるのかを次章で解説します。
2.生産性向上のためにやめるべきこと
まずは生産性向上のためにやめるべきことの一部を見てみましょう。
生産性向上のためにやめるべきこと
- 量的緩和等の金融政策には意味がないのでやらない
- 低付加価値・低所得をやめる
「異次元の量的緩和」などの金融政策は、アベノミクスで一時的に効果を発揮してものの、現状においては需要そのものがなくなっており、効果は薄いのです。
いくら低金利で市場に資金を流しても、設備投資需要が無ければ意味がありません。
一時的に不動産市況が盛り上がることはあっても、人口減少フェーズにおいては需要が下がっていきます。
よって、このような金融政策は人口増加フェーズには一定の効果は見込めるが、今は効果が薄く、今後さらに薄まっていきます。
これも、論調としては納得性が高いですよね。
逆に、人口減少をカバーする生産性向上が実現すれば、こうした金融政策もまた効果を発揮すると思います。
次に、「低付加価値・低所得」をやめることです。
これは、まともに中国などと勝負することをやめるということです。
かつて、日本が安い労働力で輸出をしまくっていた時、アメリカやドイツの製造業は痛い目に合いました。
同じことを今は(といっても随分昔からですが)日本がやられている状況です。
アメリカやドイツは日本とまともに勝負をせず、それぞれ別のものに付加価値を求め、再度大きく成長してます。
一方、日本はそれができず、人件費を削り、「良いものをより安く」ということをやっています。
ドイツは「良いものをより高く」という高付加価値化で大きく成長してます。
日本もそのようにシフトしていくべきだということです。
これもその通りですね。
ここについては、他の書籍でも多く言われており既に一般化した考えであります。
まずは、やめるべきことをすぐにやめ、やるべきことをやることです。
次は、やるべきことを見ていきましょう。
3.生産性向上のためにやるべきこと
やるべきことは1つです。
この本で言いたいことは唯一これのみです。
その効果として色々なことが出てきて、その中の1つに冒頭の「中小企業の減少」がありますが、それは結果であり目的ではありません。
その唯一の方法が以下の通りです。
生産性向上のためにやるべきこと
- 最低賃金の引き上げ
以上です。
これだけです。
これしか言っていないのに、なぜ冒頭のような暴論が出るのか理解できませんが…。
読み間違いでなければ、この本で一貫して結論として出ているのはこの一点のみです。
その効果として、以下のようなことが見込まれます。
最低賃金引き上げによる効果
- 日本の高い人材評価が適正に評価される
- 労働意欲が湧き、女性の社会進出にも繋がる
- その過程で生産性の低い中小企業は減少してしまう
- 生産性が向上することで研究開発への投資余力も生まれる
- 輸出によるGDP増加が狙える
- 全国一律最低賃金とすることで地方創生が狙える
- それと同時に再教育環境も整える
以上です。
まず、日本の人材評価は世界で4位と非常に高いということもこの本では一貫して言われてます。
つまり、日本の現状は、優秀な国民が不当に低い賃金で搾取されている状況であると言えます。
更に「人手不足」は「人を安く使うという今までの経済システムを維持したい」ために起こっている、とも言ってます。
働きたい人は多くいるものの、賃金が安いから働かない人がいる、ということです。
この部分が最も私がこの本で得た新たなパラダイムですね。
では、これを実行したらどうなるか。
まず、大きな反対に合いますね。
「そんな余裕はない」などです。
ただ、実際にこの最低賃金の引き上げは先進国で実施されてます。
イギリスでは2000年から2016年までの16年間で最低賃金が2倍になってます。
結果的に企業の生産性は上がり、雇用への悪影響も特になく、むしろ働き手が増えたとのデータがあります。
つまり、既にある成功事例を取り入れればよいのです。
一方で、韓国では引上率を高くしすぎたために失敗をしているという事例もあります。
失敗事例もあるので、引上率に気を付ければよいのです。
やらなかったことで、結果今どうなっているのか考えてみましょう。
日本では20年間給料がほとんど変わっていません。(イギリスとの比較で20年と言ってますが、実際は30年間変わってません)
イギリスでは2000年から2016年にかけて最低賃金が倍になってます。
日本の2000年の年収1,000万円と2020年の年収1,000万円はほぼ同価値です。
むしろ手取りは思い切り減ってます。
イギリスでは2000年から2020年にかけて年収が倍になってます。
厳密には最低賃金なので違いますが、そういうイメージです。
このまま進むとどうでしょう?
日本の年収1,000万円など、他国から見たら相対的に少ない給料になります。
日本が内需のみで鎖国している国なら問題ないのですが、輸入に頼っている国なので、影響は大きく出ます。
その影響が既に出始めており日本は今貧乏です。
日本は異常なまでに給料が上がっておりません。
とにかく、日本企業は自由にさせておくと生産性を向上させないと筆者は言っております。
なので、最も生産性を強制的に高める方法として最低賃金の引き上げを提案しております。
どうでしょう?
論調として非常に納得性が高いです。
反対する人は、最低賃金を引き上げられると儲けが減る人たちかな、と勘繰ってしまうくらいです。
ただし、結果として最低賃金を支払えない生産性の低い中小企業は淘汰されてしまいます。
一方で、人口が減少するので企業が減少するのも当然の流れです。
そして、破綻ではなく統合で減らしていくべきだ、とも言ってます。
結局、従業員数が多くなり、規模が大きくなることで、できることが増加します。
女性の社会進出もそうです。
フレキシブルな働き方ができるのは、ある程度規模のある会社なので、そのような会社が増え、最低賃金も上がれば、働きたい人は多くいるのです。
だから、できる限り従業員数が多くなった方がいいよね、という論調です。
決して「生産性の低い中小企業はなくなるべきだ」とは言ってません。
簡単なことです。
材料・加工・物流・販売を別々の4社でやるよりは、1社でやった方が効率性が高まるという話です。
次に想定される批判が、1社10人の4社40人が統合したら、1社40人にはならず10人くらいは削減され、雇用が消える、というものです。
これも、はっきりと論破されます。
色々とデータとともに紹介されてますが、その中の1つの「輸出」について紹介します。
まず大前提として、日本は「輸出大国」ではありません。
1人当たり輸出額は44位、対GDP比だと117位と、全然輸出していないのです。
生産性を高め、輸出に繋げていくことで、雇用は生まれるというものです。
あとは、そもそも中小企業は常に人手不足という状況です。
これは、データでもはっきりと出ており、コロナ前の中小企業の悩みは「人手不足」が非常に多かったです。
人手不足同士の企業が統合すれば人手不足は解消します。
上の例でいくと、1社10人の4社はいずれも人手不足に悩んでいましたが、4社が1社に統合することで効率化ができ人手不足が解消しました、ということです。
こっちの方が現実的ですよね?
さらに統合したことで他のことができるようになり、さらに10人の新規雇用が生まれた、というストーリーも十分あり得ます。
あとは、日本は研究開発費も低く、社会に出たら全く勉強しなくなるので、そういったことにも触れられております。
ついでに、都道府県ごとに最低賃金を分けると、都市部に人が集中してしまうので、全国一律とすべきだという話も出ており、それにより地方創生に繋がるということも書いてあります。
4.まとめと所感
この本の結論は、「最低賃金を引き上げましょう」です。
それが生産性向上に繋がる理由を、データをもとに説明しております。
いずれも納得性が高く、すぐにでも実施してほしいと、私は思いました。
一方で、所感なのですが、無理だろうなと思ってます。
まず、結局安い労働力で利益を出し、内部留保を厚くしながら、従業員ではなく配当で株主にばらまき、その内部留保すらコロナで吐き出してしまっているのが現状です。
「派遣」で労働単価を引き下げ、「外国人研修」で更に安い労働力の使用を国が推進していますし。
パソナもあるし。
厳しいから、という理由で賃上げが当分できない環境ができ上がった気がします。
あとは、高齢化です。
結局、日本は国全体が高齢化しており、意思決定ができないのです。
これは、私も思うところですが、著者も同じようなことを言っています。
高齢化していても、若い人たちのために、迅速に変化していくべきだ、という人が多ければいいのですが。
著者に対する印象操作をしてまでバッシングしているようなので、無理ですね。
では、私のようなコンサルタントにできることはと言えば、生産性を高めていくためにM&A等の効率的な統合を推進することですかね。
とにかく、日本の現状を知り、進むべき方向を見極めるという点においては、本書は非常に良書です。
ぜひ、読むことをおすすめします。
知ることで色々な選択肢を持ち行動を変えられますからね。